Evening glow


大学1年生の春。まだ、知り合いも少ない時代の話。
滋賀から出てきた俺にとって、未知の世界だった他県の大学。初めての一人暮らし。
なにはともあれ、友達を作ることが先決だと考えた。
同じ高校出身者は何人かいたが、ほとんどが学部も学科も違っていた。
当然、周りは知らぬ他人ばかり。どうやって、友人を増やそうか考えていた。
小学生だったら打算なんかなく、目の前にいる人手当たりしだいに声をかけて友達になっていったが、
さすがにそうはいかなかった。周りもなにか警戒している雰囲気が伝わってきていた。
クラスというものは存在するが、出席番号順で席につくということは稀だった。
必修科目の選択体育で偶然それになったのが最初のきっかけだった。

「君名前は?俺、佐藤っていうんだけど。」

突然話しかけられて驚いた。さらに関西弁に慣れていた俺は標準語にも驚いた。
俺はできるだけ平静を装って佐藤の問いに答えた。

「俺?天城。」
「天城くんか。よろしく。どこ出身?」
「え?滋賀やけど。佐藤くんは?」
「俺、三重。じゃあ話すとき、関西弁でええやんな。」

こんな調子でどんどん質問してきた。というより、三重が関西弁だということにまた驚いた。さっきの標準語は「一応」のつもりだったらしい。
このあと、俺も「俺、天城。名前なんていうの?」と周囲に聞きまくった。箍が外れたように話しまくった。
こうして、一気に仲間を増やしてみたものの同じ学部、同じ学科なのに講義の時間が合わずにそれっきりというのも少なくなかった。

とりあえず友達作りは問題ない。次はバイトだ。最初からサークル等に入る気はさらさらなかった。というより、そういうものの存在を知らなかったと言ったほうが正しい。即アルバイト求人を確認して、面接うけて採用。とんとん拍子で決まった。コンビニのバイトだ。
昼はさすがに勉強にあてる方向で、バイトは夜勤専門にした。

「知り合いにバイト探してる子がいたら教えてくれるかな?」

バイト先の店長に言われ、できたばかりの友人を紹介することにした。
友人の一人、田中。
こっちへ来てすぐにバンドサークルにはいって、ギターを始めていた男。俺とは受講している講義がほとんど同じなので、この頃一番つるんでいた友人だ。
田中に事を告げると喜んでOKした。機材を買うのにバイトしたかったらしい。
こうして、俺と田中は授業だけでなくバイトも同じになった。

田中は基本的に自己中で、遊ぶ約束をしても「雨降ってたから」などの言い訳で幾度となくドタキャンした。
このときはまだ俺も田中も携帯を持ってなかった。俺は固定電話を持っていたが、田中は下宿先の電話が共用ということで使いたがらなかった。

「おなか減ったから飯食ってた」
「寝てた」
「テレビおもしろかったから」

どれも俺との約束をすっぽかしたときの言い訳。俺と昼飯食べる約束をしていながら、もう食べてたときは唖然とした。
今の俺なら問答無用で縁を切ってたが、この頃はまだ周りに気の合う奴と言ったら田中しかいなくて、
仕方なくといった感じでがまんしていた。
さきに出てきた佐藤は周りの評判が芳しくなく、カンニング疑惑等あってみんなから避けられていた。俺とは学科から違ったので講義でもほとんど会わず、疎遠になっていた。
田中は自己中なのを自分でも理解していたが直す気はないようだった。だが、バンドに関しては真面目だった。
食費を削って機材に投資して、何もなかった下宿先はスタジオのようになっていた。バンドの先輩に譲ってもらったらしく1年の夏には5本のギターを所有していた。
寝るところもなくなった下宿先の部屋で楽しそうにしている田中と騒ぐのが好きだった。

こうして、1年ももう終わりという頃。ぱったりと田中に会わなくなった。
田中と合流するのは主に講義後や、学食だったがそのどちらでも会わなくなった。バイトも気がつけばやめていた。
秋ごろからは、講義にほとんど来なくなりバンドに没頭していたため、数日見ないのには慣れていた。
田中と会わない日々が1ヶ月ほど過ぎた頃、さすがに心配になった俺は田中の下宿先に行ってみた。
しかし、下宿先は関係者以外はいれず、かといって管理人がいるわけでもなかったので田中がいるのかどうかわからなかった。
田中の自転車はなかった。どこかにでかけてるのか?と思いその日は帰宅した。

数日後、俺と田中の共通の友人に会ったので、田中のことを聞いてみた。

「なぁ。田中しらね?最近会ってないんだけどさ。」
「田中?あぁ、あいつ大学やめたよ。」
「え?」
「必修科目落としたんだってさ。なんか東京の大学に再編したとかどうとか聞いたけど。」
「へー知らんかったわ。」
「同じバンドのやつに聞いたんだよ。やめたって。なんかバンドでももめてたらしいけど、よく知らね。」
「へー・・・。」

田中は何も言わずに俺の前から消えた。俺達は友達だったんだろうか?そんなことを思ったりもしたが、今となってはわからない。
あの頃にもし、携帯を持っていたら。そう考えることもある。だけど、俺は友達だと思ってた。それでよしとしよう。

俺は今、神奈川に住んで東京で働いている。
あいつがギター。俺がドラム。セッションできたらきっと楽しいだろう。
だけど、あいつが東京にまだいるのかどうかもわからない。連絡先もわからない。
俺があいつを探す手段はなかった。

あいつは今どこで何をしているのだろう。移動手段が自転車しかなくて、雨の多かった金沢。
二人で自転車とばしながら見た夕焼け。
真っ赤な夕焼けを見るたびに、田中は俺の瞼に現れる。

「天城。今日俺んちこねぇ?」
「あーいいよ。」
「じゃあ次の講義終わったらな。」
「じゃああとでな。」
「まじで!?」
「え?なにその返し!?」
「あはは。じゃな。」

何気ない会話。くだらない会話。別れをつげなかったあいつの思い出が俺の中では今も消えずに残り続けている。


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